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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)2536号 判決 1959年10月30日

原告 時岡正光 外四名

被告 日本坩堝株式会社

主文

一、原告青山、同西尾、同吉村の各第一次請求を棄却する。

二、原告小野の第一次第二次各請求を棄却する。

三、被告は、

(一)  原告時岡に対し金二四五万円及び内金八五万円に対しては昭和二八年四月二〇日から、内金六〇万円に対しては同年五月二五日から、内金五〇万円に対しては同年六月二〇日から、内金五〇万円に対しては同年六月二七日から、それぞれ支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  原告青山に対し、金一七九万六五五〇円を支払え。

(三)  原告西尾に対し、金八〇万三二八〇円を支払え。

(四)  原告吉村に対し金五九万五九二〇円を支払え。

四、原告青山のその余の第二次請求を棄却する。

五、訴訟費用中原告時岡と被告との間に生じた分はすべて被告の、原告小野と被告との間に生じた分はすべて同原告の、原告青山と被告との間に生じた分はこれを二分しその一を同原告の、その余は被告の、原告西尾と被告との間に生じた分はこれを二分しその一を同原告の、その余は被告の、原告吉村と被告との間に生じた分はこれを二分し、その一を同原告の、その余は被告の各負担とする。

六、この判決は原告時岡において金八二万円、原告青山において金六〇万円、原告西尾において金二七万円、原告吉村において金二〇万円、の担保を供するときは、それぞれその原告より仮りに執行できる。

事実

第一原告らの請求の趣旨及び原因

原告時岡の請求の趣旨と原因

第一次請求の趣旨

主文第三項(一)同旨ならびに訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第一次請求原因

(一)  被告は、かねてから被告大阪事務所長訴外伊藤友武及び被告経理部長訴外中島保の両名に対し、手形振出の代理権を与えていたところ、右訴外伊藤は「被告大阪事務所長伊藤友武」名義を以て左記ABCの約束手形計三通を同じく訴外中島は「被告経理部長中島保」名義を以て左記Dの約束手形一通を各右代理権に基いて振出した。

A<a>受取人 訴外天和興業株式会社

<b>振出日 昭和二八年一月一七日

<c>額面 金八五万円

<d>満期 同年四月二〇日

<e>支払地及び振出地 いずれも大阪市

<f>支払場所 株式会社大和銀行平野町支店

B<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所

いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月三日

<c>額面 金六〇万円

<d>満期 同年五月二五日

C<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月一三日

<c>額面 金五〇万円

<d>満期 同年六月二〇日

D<a>受取人<e>支払地及び振出地いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月二四日

<c>額面 金五〇万円

<d>満期 同年六月二七日

<f>支払場所 株式会社千代田銀行梅田支店

そして原告は右各手形の受取人訴外天和興業株式会社からそれぞれ裏書譲渡を受け、それらの所持人となつたので、いずれもその満期に支払場所で支払いのため呈示したが、被告はすべてその支払を拒絶したものである。よつて原告は被告に対し右各手形の額面合計金二四五万円と、内金八五万円に対してはAの手形の満期の日である昭和二八年四月二〇日から、内金六〇万円に対してはBの手形の満期の日である同年五月二五日から、内金五〇万円に対してはCの手形の満期の日である同年六月二〇日から、また内金五〇万円に対してはDの手形の満期の日である同年六月二七日から各支払ずみに至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

(二)  仮りにたまたま右各手形の振出については右訴外印藤同中島において被告から代理権を与えられていなかつたとしても、右両名はかねてから、被告より手形振出の代理権を授与されて手形の振出をしていたものであるから、本件各手形振出は、右両名がそれぞれ右代理権の範囲をこえてなしたものというべきところ、原告は従来より、右両名において前記正当な代理権に基き相当長期間にわたつて、本件各手形の振出名義と同様の振出名義を以て多数の約束手形を振出した上これを金融市場に流通させていたことならびにそのどれもが満期日以後確実に支払われていたことを知つていたため、右伊藤及び中島が本件各手形を振出すについても被告から代理権を与えられていたものと信じて本件各手形を取得しその所持人となつたものであり、しかも以上の次第であるから、そう信じたことに正当な理由があつたものというべきである。それ故被告は原告に対し、本件各手形につき支払いの責を免れない。

(三)  仮りにそうでないとしても、訴外伊藤は、被告の取締役兼大阪事務所長として、「被告大阪事務所長伊藤友武」又は「被告経理部長中島保」名義で手形を振出す権限を有すると共にこれにつき復代理人選任権をも被告から授与されていたものである。ところで本件各手形は右伊藤の事務を補助していた、被告の子会社訴外日坩商事株式会社大阪支店経理主任生駒俊一が、同人のいわゆる手足として、同人の指示に従い、これを振り出したものである。仮りにそうでないとしても、右伊藤から復代理人として選任された右生駒がその権限に基き「被告大阪事務所長伊藤友武」名義あるいは「被告経理部長中島保」名義を以て振出したものである。よつて被告は本件各手形につき支払の義務がある。

(四)被告の本件手形は振出人の署名を欠く旨の主張に対する法律上の主張

手形に代理人として署名するには、本人のために手形行為をなすことがわかる程度に記載すれば足りると解すべく、必ず一定の文字を記載しなければならぬというような特別の方式はないのであるから、本件各手形の表示は代理関係の表示として欠けるところはない。

第二次請求の趣旨

被告は原告に対し金二二二万六、〇五〇円及び内金九〇万二、五〇〇円に対しては昭和二八年(ワ)第四、二一九号事件の、内金一三二万三、五五〇円に対しては昭和二八年(ワ)第二、五三六号事件の各訴状送達の日の翌日から、それぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二次請求原因

仮りに本件各手形がいずれも右生駒の偽造にかかるものとしても、原告は本件各手形を訴外天和興業株式会社から裏書譲渡を受けるに際し、割引金名下に、同訴外人に次の内訳による合計金二二二万六、〇五〇円の金員を支払つたものであるが、右は前述したとおり、事実上被告の被用者である右生駒が、本件各手形を偽造したことにより、原告の蒙つた損害であるというべきところ、この損害は同人が被告の事業の執行につき故意又は過失によつて原告に加えたものに外ならないから、右生駒の使用者である被告は原告に対し、右損害金を賠償すべきものであるとともに内金九〇万二、五〇〇円、内金一三二万三、五五〇円の各々に対し各本件訴状(前者は昭和二八年(ワ)第四二一九号、後者は同第二五三六号各事件)送達の日の翌日から、各右金員の支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをしなければならない。

損害金内訳Aの手形につき金七七万九五〇円

Bの手形につき金五五万二、六〇〇円

Cの手形につき金四五万円

Dの手形につき金四五万二、五〇〇円

二 原告青山、同西尾、同小野、同吉村の請求の趣旨と原因

第一次請求の趣旨

被告は原告青山に対し、金二〇〇万円及び内金七〇万円に対する昭和二八年五月一六日から、内金八〇万円に対する同年五月二八日から、内金五〇万円に対する同年六月三日からそれぞれ支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を、原告西尾に対し、金九〇万円及び内金四〇万円に対する同年五月二八日から、内金五〇万円に対する同年六月二八日からそれぞれ支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を、原告小野に対し金一一五万円及び内金五〇万円に対する同年五月二一日から、内金四〇万円に対する同年五月二八日から、内金二五万円に対する同年五月二九日からそれぞれ支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を、原告吉村に対し金六五万円及びこれに対する同年五月三〇日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を各支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

第一次請求原因

(一) 被告はかねてから被告大阪事務所長伊藤友武及び被告経理部長訴外中島保に対し、大阪事務所における手形振出権限を与えており、同人らはいずれも、被告の子会社訴外日坩商事株式会社大阪支店経理主任訴外生駒俊一をその手足に使用し、同人に事務的処理をさせることにより手形を振出していたものであるが、右伊藤は右生駒を使用して「被告大阪事務所長伊藤友武」名義を以て、左記A、B、C、D、E、F、Gの約束手形計七通を、また右中島は前同様生駒を使用し「被告経理部長中島保」名義を以て左記H、Iの約束手形計二通をそれぞれ振出した。

A<a>受取人 訴外天和興業株式会社

<b>振出日 昭和二八年二月二五日

<c>額面 金七〇万円

<d>満期 同年五月一五日

<e>支払地及び振出地 大阪市

<f>支払場所 株式会社大和銀行平野町支店

B<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月三日

<c>額面 金八〇万円

<d>満期 同年五月二七日

C<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月三〇日

<c>額面 金五〇万円

<d>満期 同年六月二日

D<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月二三日

<c>額面 金四〇万円

<d>満期 同年五月二七日

E<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所いずれもAに同じ

<b>振出日 同年二月二五日

<c>額面 金五〇万円

<d>満期 同年五月二〇日

F<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月二三日

<c>額面 金四〇万円

<d>満期 同年五月二七日

G<a>受取人<e>支払地及び振出地<f>支払場所いずれもAに同じ

<b>振出日 同年三月一三日

<c>額面 金二五万円

<d>満期 同年五月二八日

H<a>受取人<e>支払地及び振出地いずれもAに同じ

<b>振出日 昭和二八年三月二四日

<c>額面 金五〇万円

<d>満期 同年六月二七日

<f>支払場所 株式会社千代田銀行梅田支店

I<a>受取人 訴外東邦化工株式会社

<b>振出日 同年三月二七日

<c>額面 金六五万円

<d>満期 同年五月二九日

<e>支払地及び振出地Aに同じ

<f>支払場所 Hに同じ

そうして原告青山は訴外天和興業株式会社より右A、Cの手形につき、白地裏書譲渡を、右Bの手形につき、通常裏書譲渡をそれぞれ受けて各その所持人となり、原告西尾は右D、Hの各手形につき同訴外会社より白地裏書を受けてその所持人となり(但しDの手形については訴外株式会社神戸銀行に対し取立委任したが、その後これを受戻した)、原告小野は右Eの手形につき訴外天和興業株式会社同安藤智吉の各白地裏書を経てこれを取得し、右Fの手形につき訴外天和興業株式会社の通常裏書譲渡により、右Gの手形につき同外会社の白地裏書譲渡によりそれぞれこれを取得し、各右所持人となり(但しFの手形は同原告において訴外神和信用金庫へ取立委任をし、同金庫は更に株式会社神戸銀行へ取立委任をしたが、その後同原告が受戻し、E、Gの手形は訴外伊勢商事株式会社に取立を委任したが、その後同原告においてこれを受戻した)、原告吉村は右Iの手形を訴外東邦化工株式会社から白地裏書譲渡により、これを取得し、その所持人となつたものであるが、右各原告はそれぞれその所持する右各手形を各満期に支払場所で支払いのため呈示した(但し右D、Fの手形は取立委任を受けた株式会社神戸銀行が、右E、Gの手形は取立委任を受けた訴外伊勢商事株式会社がそれぞれ呈示した)が被告はいずれもその支払いを拒絶したものである。よつて被告に対し原告青山は金二〇〇万円、原告西尾は金九〇万円、原告小野は金一一五万円、原告吉村は金六五万円(いずれもその所持する前記各手形の額面合計金)ならびに原告青山において内金七〇万円につき右Aの手形の満期の翌日である昭和二八年五月一六日から、内金八〇万円につき右Bの手形の満期の翌日である同年五月二八日から、内金五〇万円につき右Cの手形の満期の翌日である同年六月三日から、原告西尾において、内金四〇万円につき右Dの手形の満期の翌日である同年五月二八日から、内金五〇万円につき右Hの手形の満期の翌日である同年六月二八日から、原告小野において、内金五〇万円につき右Eの手形の満期の翌日である同年五月二一日から、内金四〇万円につき、右Fの手形の満期の翌日である同年五月二八日から、内金二五万円につき右Gの手形の満期の翌日である同年五月二九日から、原告吉村において右Iの手形の満期の翌日である同年五月三〇日から、各右金員の支払ずみに至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払いを求める。

(二) 仮りに右伊藤、中島の両名がいずれも本件各手形につき振出の代理権限を有しなかつたとしても、右伊藤は被告大阪事務所長の名称を、また右中島は被告経理部長の名称をそれぞれ附されているもので、右は支店長、出張所長等と同様、本店又は支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人というべきであるから、商法第四二条第一項のいわゆる表見支配人にほかならない。従つて右はいずれも支配人と同一の権限を有するものとみなされるから、右両名の振出した本件各手形につき被告は責を免れない。

(三) 仮りにそうでないとしても、右の両名はかねて被告の金員調達のため被告から手形振出の代理権限を授権されていたものであるから、たまたま右両名が本件各手形の振出につき代理権を有していなかつたとしてもそれは右代理権の範囲をこえてなしたものというべきところ右伊藤振出にかかる「被告大阪事務所長伊藤友武」名義、右中島振出にかかる「被告経理部長中島保名義」の手形はいずれも相当長期にわたつて一般市場を流通し、原告はこれらの手形が満期以後確実に支払われていたことを知つていたため、右両名において本件各手形を振出すにつき被告から代理権を与えられているものと信じたものであるが、右の次第であるから、そう信じたことに正当な理由があつたというべきである。従つて被告は原告に対し本件各手形につき振出人としての責を免れない。

(四) 被告の本件手形は振出人の署名を欠く旨の主張に対する法律上の主張

会社の手形行為は必ずしも代表資格の表示を要するものではなく、代理資格の表示があれば足りる。また代理資格の表示にしても、必ずしも代理資格の記載あることを要せず、その記載を欠いてもその表示上代理資格のあることが認められるならば、表示方法たるに妨げない。けだし代理資格の表示に関しては一定の文字を記載することが法的に要求される如き特別の方式はなく、要は代理人自身のためでなく、本人のために手形行為をなしたことを認め得る程度の記載があれば足りる。従つて本件各手形の表示はいずれも、会社の代理関係の表示として必要かつ充分である。

第二次請求の趣旨

被告は原告青山に対し金一八二万二、五五〇円、原告西尾に対し金八〇万三二八〇円、原告小野に対し金一〇三万五、四〇五円、原告吉村に対し金五九万五、九二〇円を各支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

第二次請求原因

仮りに本件各手形が、前記生駒の偽造にかかるものであるとしても、各原告は右生駒の行為によつて、本件各手形を取得するに際し、右各手形の譲渡人たる前所持人に対し、手形割引金名下に、次の内訳による金員をそれぞれ支払つたものであるが、右は前述のとおり、事実上被告の被用者である右生駒が本件各手形を偽造したことにより、原告らの蒙つた損害というべきところ、この損害は同人が被告の事業の執行につき、故意又は過失により原告ら各自に加えた損害であるから、使用者である被告は各原告に対しそれぞれ右の損害金(原告青山に対し合計金一八二万二、五五〇円、原告西尾に対し、合計金八〇万三、二八〇円、原告小野に対し合計金一〇三万五、四〇五円、原告吉村に対し金五九万五、九二〇円)を賠償すべきである。

損害金内訳

イ 原告青山

<イ> Aの手形につき金六二万七、二〇〇円

<ロ> Bの手形につき金七三万七、六〇〇円

<ハ> Cの手形につき金四五万七、七五〇円

ロ 原告西尾

<イ> Dの手形につき金三六万五、六八〇円

<ロ> Hの手形につき金四三万七、六〇〇円

ハ 原告小野

<イ> Eの手形につき金四四万四、七五〇円

<ロ> Fの手形につき金三六万五、六八〇円

<ハ> Gの手形につき金二二万四、九七五円

ニ 原告吉村

Iの手形につき金五九万五、九二〇円

第二、被告の答弁

一、原告らの各請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする、との判決を求める。

二、原告時岡の請求原因に対する答弁

第一次請求原因に対する答弁

(一)  被告がかねてから被告大阪事務所長訴外伊藤友武に対し手形振出の権限を与えていたこと(もつとも右については取締役会の決議により一定期間毎に、振出額の最高限度を定めていた)、ならびに原告時岡がその主張する各手形をいずれもその満期に支払場所で支払いのため呈示したが、被告においてすべてその支払いを拒絶したことはこれを認めるが、その余の主張事実はすべて争う。

(二)  右各手形は訴外日坩商事株式会社経理部員訴外生駒俊一が偽造したものである。すなわち被告大阪事務所は右訴外会社内に在つたが、右は関西方面における連絡事務を管掌する出先機関にすぎずその所長として右伊藤一名が本社営業第二部長と兼務の上駐在しているのみで、他に所員は一名も居なかつたので、右伊藤はやむなく、被告の子会社である右訴外会社の社員生駒を個人的な事務補助者(いわゆる手足たる機関)として使用し、同人に被告大阪事務所の各種印鑑類を保管させていたのである。そして被告大阪事務所において手形振出の必要が生じたときは、その都度右伊藤において右生駒に対し指図命令をなし、同人はこれに従つて手形振出に必要な印鑑押捺の機械的事務をしていたにすぎず、また右伊藤が被告本社との連絡その他で不在となるときも、予め右伊藤において予測される限度の手形振出事務を右生駒に指図していたものであり、予測外の突発的事由による手形振出については帰阪後同人の報告を徴し帳簿の記載等厳重な監査の下に事後承諾を与えるのが例であつた。しかるに同人は被告大阪事務所の印鑑類の保管を委託されていることを奇貨として「被告大阪事務所長伊藤友武」或いは「被告経理部長中島保」名義を冒用して本件各手形を偽造したものである。かような次第であるから、本件各手形は被告大阪事務所長伊藤友武あるいは被告経理部長中島保がその代理権に基いて振り出したものでも、その代理権をこえて振り出したものでもないし、また右生駒は被告の復代理人ではなく、従つてその復代理権の範囲をこえて本件各手形を振り出したとみる余地もない。

(三)  法律上の主張

イ 会社が自ら手形行為をなす場合に、署名すべきものは、その代表機関であり、会社代表者が会社のためにすることを示して自己の署名または記名捺印をすることを要するのである。しかるに本件各手形は、被告会社名を書し、大阪事務所長として記名され、大阪事務所長印が押捺されているのみであるところ、大阪事務所長の如きは代表機関ではないから、本件各手形は結局振出人の署名を欠くものであつて無効といわねばならない。

ロ 本来他人による手形行為は代理形式による場合と、直接本人の名においてする機関による手形行為とが考えられるが、機関による手形行為は、更に他人が本人の指図に従つて文字通り本人の手足となつて手形行為をなす場合と例えば会社代表者が社員に印章を渡し、概括的な指示を与えて必要に応じ手形を振出す権限を与えた場合に社員がその印章を用いて会社代表者の名前で手形を振出す場合との二つにわけられる。そのいずれの場合であるとを問わず、機関による手形行為が有効であるには、機関の意思と、本人の意思とが何らの齟齬なく合致することを要するのであつて、これを欠くときは、機関が本人の意思に背き、権限なくして手形を振出したものとして手形偽造をもつて論じなければならない。本件手形はいずれも、伊藤の全然関知しないのに無権限者たる生駒が本人たる伊藤の意思に反し、同人名義を冒用して振出したものであるから、当然無効というべく、無権代理を以て論ずる余地はない。

第二次請求原因に対する答弁

本件各手形が訴外生駒の偽造にかかるものであることは争わないが、その余の原告主張をすべて争う。訴外生駒は前述のように被告の被用者ではなく、訴外伊藤の個人的な使用人にすぎない。しかも訴外生駒のなした本件各手形の偽造と、原告が本件各手形を割引き、割引依頼者に割引金を交付したことの間には相当因果関係がない。すなわち被用者が使用者名義を冒用して手形を偽造交付した場合においては、交付を受けた直接の相手方の蒙つた損害のみが使用者の責に帰せられるべきもので、交付を受けた者から更に取得した第三者の損害についてまでも使用者が責を負うべきものではない。

三、原告青山、同西尾、同小野、同吉村の請求原因に対する答弁本案前の答弁

原告小野は実在しない虚無人であるから、当事者たりえない。

第一次請求原因に対する答弁

(一)  被告がかねてから被告大阪事務所長訴外伊藤友武に対し、大阪事務所における手形振出の権限を与えていたこと(もつとも右権限については取締役会の決議により、一定期間毎に振出額の最高限度を定めていた)ならびに、右伊藤が被告の子会社日坩商事株式会社大阪支店経理部員、訴外生駒俊一をその手足に使用して手形振出行為を行つていたものであることは認めるがその余の主張事実をすべて争う。

(二)  本件各手形を訴外生駒が偽造した経緯については、原告時岡の第一次請求原因に対する答弁において述べたとおりであり、しかも、原告らはいずれも、本件各手形の正当な所持人ではない。すなわち、本件A、B、Cの各手形の正当な所持人は訴外伊勢商事株式会社であり、本件D、Hの各手形の正当な所持人は訴外神月某若しくは伊勢商事株式会社であり、本件E、F、G、Iの各手形の正当な所持人は、訴外佐川与一若しくは伊勢商事株式会社である。本件原告らはいずれも、右の如き正当な所持人のかいらいとして本訴にあらわれているにすぎない。

(三)  被告大阪事務所は支店ではなく、従つて訴外伊藤友武は表見支配人たりえない。すなわち被告大阪事務所は遠隔の地に在る本社のため関西方面の連絡事務を管掌する出先機関たる性格をもつていたにすぎず、本店業務第二部長であつた右伊藤が兼任所長として駐在するのみで、他に一人の使用人もおらず、また販売取引等をなしたこともないのであつて、実質的には支店たるの要素を有せず、形式的には定款の記載も支店の登記もなされていなかつたのである。従つて右伊藤は商法第四二条の表見支配人たる余地がない。

(四)  なお、法律上の主張として、原告時岡の第一次請求原因に対する答弁においてなしたのと同一の主張をする。

第二次請求原因に対する答弁

訴外生駒俊一が被告の被用者ではなく、訴外伊藤友武の個人的な使用人にすぎなかつたこと、その他原告時岡の第二次請求原因に対する答弁において述べたのと同一である。

第三、被告の抗弁

一、各原告らの第一次請求原因に対する抗弁

仮りに原告ら主張の第一次請求原因事実が認められるとしても、本件各手形はいずれもいわゆる融通手形として訴外天和興業株式会社の実権者訴外藤田宗兵衛の依頼に基き同会社宛に振り出されたものであるところ、右各手形は同社から市内金融業者に流れ、その業者間を転々していたものであつて、原告らはその情を知りながら、被告を害することを知つてそれぞれその主張する本件手形を取得したいわゆる悪意の取得者である。

二、同じく第二次請求原因に対する抗弁

仮りに原告ら主張の事実が認められるとしても、(一)訴外生駒俊一の選任監督について被告に過失はなかつたものである。(二)仮りにそうでないとしても、被告は昭和二八年四月五日右生駒がなした本件各手形等の偽造行為を発見するや直ちに新聞広告等によつて右事実を一般に周知させたものであつて、原告らもその頃本件各手形が右生駒の偽造にかかることならびに併せて自己のこうむつた損害を知悉したのであるから本件において原告らの主張する損害賠償請求権は、右昭和二八年四月五日の翌日から三年間これを行わないことによつて時効消滅したものである。しかるに原告らは右期間を経過した後に右権利を主張するのであるからいずれも失当である。

第四、被告の抗弁に対する原告らの答弁及び再抗弁

一、第一次請求原因に対する抗弁に対する答弁

本件各手形が融通手形であることを認める。その余の事実(悪意の取得)を否認する。むしろ前述の如く本件各手形と同一形式の手形が従前から、多数市場を流通し、いずれも正当に決済されてきていたので、原告らは本件各手形も右と同様正当な手形と信じてこれを取得したものである

二、第二次請求原因に対する抗弁に対する答弁及び再抗弁

(一)  原告時岡の答弁及び再抗弁

イ 抗弁事実は否認する。

ロ 一片の新聞広告により原告が不法行為を知つたということはできない。

ハ 仮りに被告主張の時期から消滅時効が進行するとしても、原告は、昭和二八年六月一三日及び同九月一六日に本訴(前者は昭和二八年(ワ)第二五三六号、後者は同四二一九号各事件)を提起しているから、その時に時効は中断された。

(二)  その余の原告らの答弁

イ 抗弁事実を否認する。

ロ 原告において訴外伊藤ないしは生駒の不法行為を知つたということができるのは、本件判決において右不法行為の存在が明らかにされた時である。もつとも裁判所といえども判決時に至るまで右不正の事実を断定するに熟しないであろう。

第五、原告時岡の再抗弁に対する被告の答弁

再抗弁事実を争う。

第六、証拠関係

一、原告時岡訴訟代理人は甲第一ないし第四号証、甲第五号証の一ないし四、甲第六ないし第八号証、甲第一四号証を提出し、証人松本義雄、同伊藤友武、同生駒俊一の各証言ならびに原告時岡本人尋問(第一、二回)の結果を援用した。

二、原告青山、同西尾、同小野、同吉村訴訟代理人は甲第九号証の一ないし三、甲第一〇号証の一及び二、甲第一一号証の一ないし三、甲第一二、第一三号証を提出し、弁論併合前の甲第六号証を援用し、証人中島保、同伊藤友武、同荒川伊勢(第一回)の証言ならびに原告小野本人尋問の結果を援用した。

三、被告訴訟代理人は乙第一号証の一ないし三、乙第二号証の一及び二、乙第三号証、乙第四号証の一及び二、乙第五号証の一ないし一五、乙第六、第七号証の各一及び二、乙第八号証、乙第九ないし第一六号証、乙第一七ないし第二四号証を提出し、証人岸宗清、同荒川伊勢(第二回)、同佐川与一、同生駒俊一の各証言、原告西尾、同青山、同吉村各本人尋問の結果を援用した。

四、原告時岡訴訟代理人は乙第一号証の一ないし三、乙第二号証の一及び二、乙第三号証、乙第一七ないし第二二号証の各成立を認め、乙第四号証の一及び二、乙第五号証の一ないし一五、乙第八号証、乙第一六号証、乙第二三号証の各成立は不知、乙第六第七号証の各一及び二、乙第九ないし第一五号証の官署作成部分の成立を認め、その余は否認する。と述べ、乙第二四号証の認否をせず、乙第一号証の一ないし三、乙第二号証の一及び二、乙第三号証を利益に援用した。

五、原告青山、同西尾、同小野、同吉村訴訟代理人は乙第一号証の一ないし三、乙第二号証の一及び二、乙第三号証、乙第一七ないし第二二号証、乙第二四号証の各成立を認め、乙第四号証一及び二、乙第五号証の一ないし一五、乙第八号証、乙第一六号証、乙第二三号証はいずれも不知、乙第六、第七号証の各一及び二、乙第九ないし第一五号証は官署作成部分の成立を認めその余は不知と述べ、乙第一号証の一ないし三、乙第二号証の一及び二、乙第三号証を利益に援用した。

六、被告訴訟代理人は甲第六、第七号証、第一三、第一四号証の各成立を認め、甲第一ないし第四号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一及び二、第一一号証の一ないし三、第一二号証の成立を否認し、甲第五号証の一ないし四、甲第八号証の成立はいずれも不知、と述べた。

理由

第一本案前の主張に対する判断

被告は、原告小野は実在しない虚無人であると主張するけれども、原告青山らと被告との間において成立に争いのない甲第一三号証と、本件口頭弁論の全趣旨によれば、同原告は実在の成年者であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。それ故右被告の主張は理由がない。

第二本案に対する判断

一  第一次請求の当否

(一)  原告らの正当所持

(a) 甲第一ないし第四号証の各外形に証人松本義雄の証言と原告時岡本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、同原告は訴外天和興業株式会社(以下天和興業と略称する)の依頼により他の金融業者の手を介して同原告主張の本件各手形を割引き、右天和興業から裏書譲渡を受けてこれを取得し、現にこれを所持するものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(b) 原告青山、同西尾、同小野、同吉村(以下一括するときは原告青山らと略称する)主張の本件各手形(甲第九号証の一ないし三、甲第一〇号証の一及び二、甲第一一号証の一ないし三、甲第一二号証)の外形に原告青山ら各本人尋問の結果を綜合すると、同原告らはそれぞれその主張する本件各手形の占有者であつて、その占有する手形には外形上裏書の連続が存在することが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないから、同原告らはそれぞれその主張する本件各手形につき適法の所持人と推定される。証人佐川与一の証言中同人が原告小野主張の本件各手形(甲第一一号証の一ないし三)につき実質上の権利者であるとの部分は必ずしも原告小野が所持人たることを妨げず、同荒川伊勢(第一、二回)の各証言も未だ右推定をくつがえすに足りない。また右甲第一一号証の一及び三、甲第一二号証の各裏面受取欄には訴外伊勢商事株式会社荒川伊勢の記名捺印の存在することが認められるけれども、右受取欄に対する記名捺印の如きは、手形上の権利を移転するにつき何ら関係のないものであるから、右の如き記載があるからといつて、同原告らがその主張する各手形の適法の所持人でないとはいえず、その他右推定をくつがえすに充分な証拠はない。

(二)  原告らの支払呈示

(a) 原告時岡がその主張する本件各手形をいずれもその満期に支払場所で支払いのため呈示したが、被告においてすべてその支払を拒絶したことは同原告と被告との間に争いがない。

(b) 甲第九号証の一ないし三、甲第一〇号証の一及び二、甲第一一号証の一ないし三、甲第一二号証の各外形に証人佐川与一、同荒川伊勢(第一、二回)の各証言ならびに原告青山ら各本人尋問の結果を綜合すると、同原告らはそれぞれその主張する本件各手形を各満期に支払場所で支払いのため呈示した(但し同原告ら主張のD、Fの各手形はいずれも取立委任を受けた訴外株式会社神戸銀行が、同じくE、Gの各手形は同様取立委任を受けた訴外伊勢商事株式会社がそれぞれ呈示した)が、いずれもその支払を拒絶されたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  原告らの権利取得

A ところで原告時岡は本件各手形中「被告大阪事務所長伊藤友武」振出名義のものは訴外伊藤友武が、また「被告経理部長中島保」振出名義のものは、訴外中島保がそれぞれその代理権に基きこれを振出したものであると主張し、原告青山らは、右伊藤及び中島はいずれも訴外生駒をその手足に使用して振出したものであると述べるほか右原告時岡と同旨の主張をする。よつてまずこの点につき判断する。

1 本件各手形が振出されるに至つた事実関係

(a) 原告時岡関係

被告がかねてから被告大阪事務所長訴外伊藤友武に対し、手形振出の権限を与えていたこと(なお、被告はこの点につき取締役会の決議により、一定期間毎に振出額の最高限度を定めていたと主張するが右主張事実を認めるに足りないことは後記のとおりである)は原告時岡と被告間に争いがない。そうしていずれも右当事者間においてその成立に争いのない甲第六、第七、第一四号証、乙第一ないし第三(乙第一号証は一から三まで、乙第二号証は一及び二)乙第一七ないし第二二号証と証人生駒俊一、同岸宗清の各証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一及び二、乙第五号証の一ないし一五に、証人伊藤友武、同生駒俊一、同岸宗清、同荒川伊勢(第一、二回)の各証言を綜合すると、被告はかねてから、その製品の販売についてはその子会社として設立された訴外日坩商事株式会社(以下日坩商事と略称する)をして一手に引受取扱わせていて、同社はあたかも、被告の販売部門の如き関係にあり、被告の役員、その他の幹部は同時に右日坩商事の役員若しくは幹部を兼務していたこと、被告は大阪を中心とする関西一円の事務連絡ならびに関西における渉外、金融等に関する本社(東京所在)との連絡機関として昭和二三年頃大阪事務所を設置し、これを右日坩商事大阪支店内に置いたが、右大阪事務所の職員としては、その長として被告取締役で被告本社営業部長、ならびに日坩商事本社営業部長大阪支店長、同経理課長を兼務していた訴外伊藤友武を任じたのみで他に一名の職員も配置せず、専ら同所の事務処理は叙上の如き被告と日坩商事との連繋関係ならびに右伊藤の被告ならびに日坩商事内における地位から事実上日坩商事大阪支店の社員をして随時補助処理させていたこと、被告及び日坩商事は昭和二六年頃より、その当時の政府金融引締政策の余波を受けて金融操作に行詰りを来したが、銀行等正規の金融機関の利用も飽和状態に達したので、やむなく大阪における、いわゆる街の金融業者を利用することによつて右金融難を打開すべく、取締役会の議を経、なお被告取締役経理部長である訴外中島保諒承のもとに、被告大阪事務所長訴外伊藤友武に対し、同人及び右中島がそれぞれその項大阪市内での銀行取引に使用していた前記「被告大阪事務所長伊藤友武」及び「被告経理部長中島保」名義を使用していわゆる融通手形振出の包括的権限を授与すると共に右中島には右「被告経理部長中島保」名義を以てする右同様の権限を授与した上同人らが振出した手形を街の金融業者に割引かせて金融をはかることとしたが、右伊藤は、前記の如き、被告ならびに日坩商事を通じて各種の役職を兼務していて多忙であつたのみならず、被告本社営業部長として、月の半ばは東京滞在を余儀なくされ、また右中島も本社経理部長として主に東京に勤務し伊藤同様大阪事務所に不在の日が多く、しかも大阪事務所には独自の事務用調度、備品等の設備もなかつたため、右両名においてそれぞれ被告大阪事務所長伊藤友武名義の記名印、職印、被告経理部長中島保名義の記名印職印その他被告大阪事務所に関する各種印鑑類の保管を、昭和二四年頃から、被告若しくは日坩商事を通じて長年勤務し、右伊藤の深く信を措いていたその部下日坩商事経理主任生駒俊一にまかせ、右伊藤、中島両名の在阪中は自ら右生駒に直接その都度あるいは概括的に指示した上、同人をして前記各種印鑑等を使用して「被告大阪事務所長伊藤友武」名義、若しくは「被告経理部長中島保」名義による約束手形を作成させて振出し、これを右生駒の裁量によつて適宜の金融業者に割引かせて金融操作をさせており、また右両名の上京、出張等による大阪不在中の事務処理のためには、右生駒に対し事前に概括的指示を与え、緊急の場合に限り、同人がその一存で前記両名の名義を使用して手形を振出した上、事後に右両名の承認を得させることとしていたが、前記方法による金融がその後約二年間にわたつて継続する等次第に経常化し、しかも月額平均七、八百万円以上にも達する状況となるに及んだため、右両名は、同人らの在阪中は以前同様直接その都度あるいは概括的に指示を与えて前記手形を振出させるが、その大阪不在中は、右生駒をして何ら右の如き伊藤、中島の指示をまたず適宜必要に応じ右生駒の一存で前記両名義の融通手形を振出させることとするに至つたこと、かくて右生駒は、右両名の在阪中は右両名それぞれの個別的あるいは概括的指示に基き、右両名の大阪不在中は、右により全く自己の一存で右のような指示なく適宜前記両名義による手形を作成あるいは振出した上、訴外天和興業に交付して同社の裏書をさせ、右手形を商業手形であるかの如く、紛飾し、同社をしてこれを市中金融業者によつて割引かせ、その割引金を被告大阪事務所に持参させて金融をはかつていたが、その中訴外会社が割引金を被告大阪事務所に持参しないため、右金融操作に支障を来し、しかもさきに振出してあつた手形が満期に不渡になつて被告の信用が失墜することを憂うる余り、右訴外会社から求められるまま、右伊藤中島両名の大阪滞在中、不在中の別なく、いずれの場合にも右生駒の一存により、右両名の指示なく、ひそかに次ぎ次ぎと右両名の前記名義を以て約束手形の振出を続けていたが、その後も前記天和興業からの割引金交付は円満でなかつたため、右手形の振出額はいわゆる雪だるま式に増大していつたものであり、原告時岡の主張する本件各手形(甲第一号証ないし第四号証)も、右のような経過のうちに前記伊藤、中島の指示なしに右生駒がその一存で振出したものであることがそれぞれ認められる。前顕各書証の記載ならびに各証人の証言中以上の認定に反する部分はこれを相互に対比して措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。なお被告は、訴外伊藤友武に対する手形振出権限の授与については、取締役会の決議により、一定期間毎に振出額の最高限度を定めていた旨主張するが、原告時岡と被告との間においていずれもその成立に争いのない乙第一八、第一九、第二一号証の記載中右被告の主張に副う部分は同様成立に争いのない乙第二二号証の記載に照らして採用できず、他に右被告主張の事実を認めるに足る証拠はない。

(b) 原告青山ら関係

被告がかねてから被告大阪事務所長訴外伊藤友武に対し、大阪事務所における手形振出の権限を与えていたこと(もつとも被告は右権限については取締役会の決議により一定期間毎に、振出額の最高限度を定めていたと主張するが右主張は後記のとおり採用できない。)ならびに右伊藤が被告の子会社日坩商事の大阪支店経理主任訴外生駒俊一をその手足に使用して同人に手形を作成させることにより手形を振出していたものであることは原告青山らと被告との間に争いがない。そうして右当事者間においていずれもその成立に争いのない甲第六号証、乙第一ないし第三号証(第一号証は一ないし三、第二号証は一及び二)、乙第一七ないし第二〇号証、第二二号証と証人生駒俊一、同岸宗清の各証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一及び二、乙第五号証の一ないし一五に証人中島保、同生駒俊一、同岸宗清、同荒川伊勢(第一、二回)の各証言と本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、原告青山らがそれぞれ主張する本件各手形(甲第九号証の一ないし三、甲第一〇号証の一及び二、甲第一一号証の一ないし三、甲第一二号証)はいずれも右(a)において認定した事実関係のもとに、原告時岡主張の本件各手形の振出と相前後して、右各手形同様訴外生駒において訴外伊藤同中島の指示なしに右生駒がその一存で振出したものであることが認められる。前顕各書証の記載ならびに各証人の証言中以上の認定に反する部分はこれを相互に対比して措信できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうして被告は右伊藤に対する手形振出権限の授与については、取締役会の決議により一定期間毎に、振出額の最高限度を定めていた旨主張するが、いずれも原告青山らと被告との間において成立に争いのない甲第一八、第一九号証の記載、ならびに証人岸宗清の証言中、右主張に副う部分は同様成立に争いのない乙第二二号証に照らして措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。被告の右主張は採用できない。

2 そうだとすれば、本件各手形中、右生駒において、右伊藤中島の在阪中、右両名の前記各名義を以て振出したものについては、右両名が被告の代理人として振出したものとも、右生駒が右伊藤、中島の手足としてこれを振出したものともいえず、また右両名の大阪不在中に振出したものについては、右生駒が右伊藤、中島の単なる手足としてこれを振出したものというよりはむしろ後記認定のとおり、右生駒において右伊藤、中島から被告の復代理人に選任された後、その復代理人としての権限に基きこれを振出したものと認めるのが相当である。しかも本件各手形が右生駒により右伊藤、中島の大阪不在中に振出されたものか、その在阪中に振出されたものかについては後記の如くこれを明らかにしえないのであるから結局本件各手形は、原告ら主張の如く右伊藤、中島の代理権に基き(あるいは右代理権に基き右生駒をその手足として)振出されたものと認めるに足りず、その他本件全証拠によるも未だ原告主張の事実を認めるに充分ではない。

B 次に原告青山らの、右伊藤ならびに中島は、商法第四二条第一項の表見支配人であるから、仮りに右両名がいずれも本件各手形につき振出権限を有しなかつたとしても右両名の振出した本件各手形につき被告は振出人としての責を免れないとの主張について考えるに、すでに説明のとおり本件各手形の現実の作成者は訴外生駒であるところ、同人は右伊藤、中島の指示によらず自己の一存により右両名名義の本件各手形を作成振出したものであつて右伊藤、中島の大阪不在中右生駒が振出したものも、右両名の在阪中に右生駒が振出したものもいずれも同人が右伊藤、中島の手足としてこれを行つたものと認めえないのであるから、本件各手形の右生駒による振出行為は、右伊藤、中島の意思に基くものとはいえない。従つて右手形は右両名の振出にかかるものではなくて右生駒の振出にかかるものというべくその振出行為を右伊藤、中島の両名に帰せしめることをえないから同人らが商法第四二条の表見支配人であるか否かについて考えるまでもなく、右原告らの右主張は失当である。

C 更に原告らは、それぞれ訴外伊藤若しくは中島の代理権限踰越による表見代理の成立を主張するので考える。前記のように本件各手形の現実の作成振出人が訴外生駒であることは明白であるところ、それは何ら右中島あるいは伊藤の指示に基き右生駒において同人らの手足としてこれを振出したものと認めえないのであるから(同人らの指示に基きその手足としてこれを振出した場合にはじめて同人らの権限踰越かどうかが問題となる)、本件各手形が同人らによりその代理権の範囲を越えて振出されたものと認める余地はなく、原告らの全立証その他本件全証拠によるも右原告ら主張の事実を認めるに足りない。それ故原告らがそれぞれ本件各手形を真正に振出されたものと信じ、且そう信ずることについて正当の理由を有していたかどうかの点について考えるまでもなく、原告らの右主張は失当である。

D また、原告時岡は、訴外伊藤が被告の取締役兼大阪事務所長として「被告大阪事務所長伊藤友武」名義若しくは「被告経理部長中島保」名義で手形を振出す権限を有すると共に復代理人選任権をも被告から授与されていたところ、本件各手形は、右伊藤から復代理人として選任された訴外日坩商事大阪支店経理主任生駒俊一においてその権限に基き前記両個の名義を以てそれぞれ振出したものであると主張するのでこの点につき検討する(なお右原告の訴外伊藤が被告の取締役兼大阪事務所長として、右両個の名義による手形振出権限を有する旨の主張は、右大阪事務所が被告の支店に相当するから、その長たる伊藤は商法第四二条のいわゆる表見支配人であるとの主張とも、あるいは同人は同法第四三条の、ある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人であると主張するものであるとも、更には、右各法条にかかわりなく、単なる被告から手形振出の代理権を授与されていたものである旨の主張とも解せられるのであるが、すでにして訴外伊藤が被告から右両個の名義による手形振出権限を授与されていたものであることは前認定のとおりであり、本件手形に関する限りその振出行為は右伊藤の意思に基かず伊藤の行為に帰せしめることをえないこともまた前認定のとおりであるから同人が商法第四二条の表見支配人または同法第四三条の使用人であつても本件手形振出行為の効力には関係なく、従つて右の点についてはこれを判断する必要がない)。

1 そこでまず訴外生駒が被告の復代理人であつたか否かにつき考える。

原告時岡と被告との間において成立に争いのない甲第六、第七、第一四号証、乙第一七ないし第二二号証に証人伊藤友武、同生駒俊一、同岸宗清の各証言を綜合すると、訴外伊藤の被告ならびに訴外日坩商事における職務上の地位およびその地位に基く職務の多忙さについては、被告も充分これを承知し、少くとも右伊藤の上京、出張その他による大阪不在中については、特に同人の指示を俟たずに、右生駒をして手形を振出させることを承認していたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて被告は右伊藤に対し、前記各名義による手形振出権限を授与すると共に、併せて同人の大阪不在中における手形振出のために復代理人を選任する権限をも授与していたものと認めるのが相当であり、この事実と前認定の事実とによれば右伊藤は右権限により、その大阪不在中における手形振出のために、前記生駒を復代理人に選任したものとみるべきである。

2 よつて進んで原告時岡主張の本件各手形が、右生駒において右復代理人としての権限に基き、これを振出したものであるかどうかにつき審究するに、本件各手形が右生駒の作成にかかること累次説明のとおりであるが、その作成が右伊藤の上京、出張等による大阪不在中にかかるものか、右伊藤の在阪中にかかるものであるかが明瞭でなく、本件全証拠によるもこれを明白にしえない。してみれば、結局本件各手形が右生駒の被告復代理人としての権限に基き振出されたものと認めるに充分な証拠がないわけであつて、この点に関する原告時岡の立証は不充分といわざるをえない。

3 しかしながら叙上認定のとおりとすれば、本件各手形中、右伊藤の大阪不在中右生駒において振出したものについては、たとえその振出が、被告の意図に副わないものであつたとしても、それは右生駒が、その権限を濫用したに止まるものであつて、原告時岡がその情を知つて加担したような特別の場合を除き、原則として、被告が、振出人の責を負うべきものであり、他方右生駒が右伊藤の在阪中同人の指示なくして振出したものについては、それが無権代理行為であると認められ、且この点につき同原告との関係で表見代理が成立すると認められる場合においては、これまた被告において手形振出人の責を免れない次第であるから、若し右の点が認められるときは、本件生駒の作成した各手形について、それが右伊藤の大阪不在中に振出されたものであると、在阪中に振出されたものであるとの別なく、結局被告において振出人としての責に任ずべきものといわなければならない。

E そこで更に原告時岡の主張する訴外生駒の権限踰越による表見代理が成立するかどうかを検討する。

1 同原告はまず、右生駒の前記伊藤在阪中における手形振出行為を以て無権代理行為であると主張し、被告は右は生駒が手形を偽造したにほかならない旨主張する。もし本件が、右被告主張のように生駒による手形偽造の場合であるならば、もとより表見代理の成立する余地はない。按ずるに、手形行為の代理人が代理形式を用いずいきなり本人名義を以てするいわゆる署名代理の場合における(本件のように復代理人が代理人名義を以てする場合もこれに準じて考えるべきである)手形の偽造と無権代理の区別については議論の存するところであるが、行為者が本人の為にする意思を以てしたか、自己の為にする意思を以てしたかを以て区別し前者が無権代理であり、後者が偽造であるとする見解は、行為の法律的効果と事実上の利益を混同するきらいがあるし、また行為者が本人の名義を以て手形行為をなした場合を特に機関行為と呼びその本人の名義を以てする権限すなわち機関行為権限を与えられていなかつた場合をすべて偽造であるとし、行為者が代理名義を以て手形行為をなした場合において代理権の存しなかつた場合にはすべて無権代理となるとの見解も結局署名代理の場合における無権代理を否定するのみならず余りにも形式のみにこだわるものとの批判を免れず、また代理権を有しない者が直接に本人の署名または記名捺印をなして手形行為をした場合には、これをすべて無権代理とし、ただ文書成立の真否という観点から当該手形が偽造であるにすぎないとの見解は結局かかる手形行為に関する限り偽造の存する余地なからしめるものであるから、いずれもにわかに賛同するをえない。そこで手形行為者と本人との間に当該行為者が本人の代理人として行為しても、何ら異常不自然ではないと認められるような外形的附随的事情が存する場合であるのに、たまたまその行為者に代理権が存しなかつた場合における右行為者の手形行為を無権代理行為であるとし、そのような外形的附随的事情が存しない場合における行為者の手形行為は偽造として取扱うのが相当であると考えられる。これを本件についてみると、訴外生駒は訴外日坩商事の経理主任たる地位にあつたものであり、日坩商事と被告とは親子会社の関係にあり、訴外伊藤は被告の取締役営業部長兼大阪事務所長であると同時に日坩商事の取締役営業部長大阪支店長兼経理課長の地位にあり、他方右生駒は、被告及び日坩商事の双方を通じて勤務年数も相当に長くしかも右生駒は右伊藤の直属の部下であり、かねてより同人の深い信頼を得ていたものであることはすでに認定したところであつて、右は生駒が伊藤によつて復代理人に選任され、被告を代理して行為しても異常ではないと認められるような外形的附随的事情が存する場合であると認めるのが相当であるから本件は被告主張のような偽造の場合ではなく、無権代理の場合であるといわねばならない(なお意思説によるも同原告と被告との間において成立に争いのない甲第七号証と証人生駒俊一の証言によれば、右生駒自身としては被告のために行為する意思を以て前記各手形を振出したことが認められるからこの結論は異らない)。

2 そうして原告時岡と被告との間においてその成立に争いのない甲第六、第七、第一四号証、乙第一八ないし第二二号証と証人伊藤友武、同生駒俊一、同岸宗清、同松本義雄の各証言と原告時岡本人尋問の結果によれば、同原告の主張する各手形が振出される以前においても、被告は右各手形と同様の振出名義による手形をその代理人たる伊藤、中島若しくは復代理人たる生駒により振出し、これを大阪市内所在のいわゆる街の金融業者に割引かせて金融を得ていたことが認められるが、他方同原告と被告との間において成立に争いのない乙第一七号証と、原告時岡本人尋問の結果(第一、二回)によつて、いずれもその成立を認められる甲第五号証の一ないし四、第八号証と、証人松本義雄の証言、原告時岡本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、同原告は以前からいわゆる街の金融業者であつて、手形割引の形式により手広く金融をしていたものであるが、本件各手形を取得する以前から本件各手形と同様の各振出名義による手形が広く市中を流通しており、いずれも事故も苦情もなく、満期には決済されていたことを知つていたことならびに右原告は当初本件各手形と同様各名義の手形を割引取得したが、そのどれもが満期に異常なく決済されたこと、本件各手形についても、自らあるいは使用人訴外松本義雄をして、その正当に振出されたものであるか否かその振出名義及びその名下の印影が正当のものであるか否かを被告大阪事務所あるいは被告の取引銀行に照会したところ、印影は正当のものであることがわかり、しかも被告大阪事務所においては前記生駒より本件各手形は正当のものである旨回答を得たので、原告時岡は、本件各手形はいずれも正当に振出された真正な手形であると信じ、安心してこれを割引取得したことを認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

3 ところで、被告は法律上の主張として本件各手形(原告時岡主張の各手形及び原告青山ら主張の各手形を含む、以下本項において同じ。)の振出名義は「被告大阪事務所長伊藤友武」若しくは「被告経理部長中島保」となつているが、同人らには被告を代表する権限がなく、結局本件各手形は被告代表者の署名又は記名捺印を欠き、会社による手形行為の方式に違背して振出されたものであるからすべて無効であるというのである。思うに、会社が自ら手形を振出す場合には、その代表者は会社のためにすることを示して手形上に自己の署名又は記名捺印をなさねばならないが、それは手形の無因性、文言性にかんがみ、その手形が会社の代表者によつて振出されたか否かを一見して明確ならしめるためのものにすぎない。しかし会社は代理人によつて手形を振出すこともできるのであつて、その場合にはその代理人が会社のためにすることを示して手形上に自己の署名又は記名捺印をなせば、当該手形が代理人によつて振出されたか否かは一見明らかとなるものであるから、更に会社代表者の署名又は記名捺印を要しないのである。ところで本件各手形はいずれもその外形から明らかなように、訴外伊藤、若しくは中島が被告の代理人として振出した形式を採つている場合なのであるから、それ以上に被告代表者の署名又は記名捺印を要するものではない。しかして代理関係の表示は元来代理たることを直接意味する文字を用いなければならないものではなく、それが署名者自身のためのものではなく、他人のためのものであることを認め得る程度の記載があれば充分であるから、本件各手形の振出名義たる「被告大阪事務所長伊藤友武」若しくは「被告経理部長中島保」なる記載は、いずれも被告代理人たることの表示として適法といわなければならず、被告の右主張は採用できない。因みに復代理人として手形行為をなす場合でも、必ずしも、本人、代理人、復代理人なる旨の資格を記載することを要せず、またそれらの者すべての署名若しくは記名捺印を要するものでもなく、直接復代理関係を示す文字を使用するなど、要するに復代理人が、自己のためにするのではなく他人たる本人のためにするものであることが認められる程度の記載をした上自ら署名又は記名捺印すれば足り(別に復代理なる文字を使用しなければならないわけではない)、しかも署名代理、記名捺印の代行を否定すべきではないから復代理人が代理人名義を以て直接その署名をし、若しくは記名捺印をし(復代理人の署名、若しくは記名捺印は手形面上にあらわれず、従つて復代理人がなしたことは外形上わからない)ても復代理人による振出として適法であると解すべきである(それのみならず、本件では、上記までに認定の各事実を綜合すると、前記生駒が被告復代理人として手形を振出す場合には、前記各名義を使用してこれをなすことを被告ならびに各名義人たる前記伊藤、中島の両名いずれも承諾していたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠もないから、本件各名義による手形振出が正当な権限に基きなされた場合において被告が手形振出人の責を免れえないことは明らかである)。

4 そこで検討をすすめて、手形振出行為につき権限踰越の表見代理が成立する場合を考えるに、手形が高度の流通性を有する有価証券であつて特に動的安全が顧慮されねばならないものであるところから、民法第一一〇条を手形行為について解釈適用するに際しては民法上の解釈と若干異る点が生ずるのは蓋し免れがたい。すなわち同条の第三者の範囲についても、これを単に表見代理行為者の直接の相手方に限らず、その後の取得者もまた右第三者に含まれると解すべく同条に「其ノ権限アリト信スヘキ相当ノ理由ヲ有シタ」とは、当該約束手形が真正に振出されたものと信じ、且つそう信ずることについて正当の理由を有したことをいうものと解するのが相当である。何となれば若し表見代理の要件を厳格にし当該手形が代理人によつて振出されたことを知つており、且その代理人が(実は当該振出について代理権の範囲を越えているのに)権限の範囲内で振出されたものと信じ、且そう信じるについて正当の理由を有したことを要するものとするときは、署名代理の場合には原則として第三者は代理人による振出の事実を知るに由なく従つて表見代理の規定の適用を受けえないことになり、表見代理の規定を第三者には適用しないと殆ど同一の結果となり不当であるから、署名代理を認める立場の上からは表見代理の要件を緩和する外はないからである。そうだとすれば前認定の如く原告時岡はその主張する本件各手形が真正に振出されたものと信じたものであり、しかも上記認定の事実からすれば、そう信ずることについて正当の理由があつたものと認めるのが相当であるから本件においては訴外生駒の手形振出につき原告時岡との間に表見代理が成立するものといわねばならない。

(四)  そこで被告の、本件各手形はいずれも融通手形であり、原告時岡は、いわゆる悪意の取得者である旨の抗弁につき判断する。原告時岡主張の本件各手形がいずれもいわゆる融通手形であることは同原告と被告との間において争いがなく、同原告と被告との間においていずれもその成立に争いのない甲第六、第七、第一四号証、乙第二〇、第二二号証、原告時岡本人尋問の結果によりその成立を認められる甲第五号証の一ないし四に証人松本義雄、同伊藤友武、同生駒俊一の各証言、原告時岡本人尋問の結果を綜合すると、原告時岡はいわゆる街の金融業者でありその主張する本件各手形をいずれも他の同業者を介して訴外天和興業株式会社から割引依頼を受けてこれを割引取得したものであるが、その取得に際し、右各手形がいわゆる融通手形であることを知つていたものと認められる。証人松本義雄の証言中右認定に反する部分はこれを措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。しかしながら、いわゆる融通手形の抗弁は、原因関係上生ずる抗弁であるから、手形振出人において被融通者(右融通手形を振出交付した直接の相手方)から直接手形金の請求を受けた場合にその支払いを拒絶しうることはいうまでもないところであるけれども、融通手形は本来被融通者にその手形を利用することによつて金員を得させ、若しくはこれを得たと同一の効果を受けさせようとするものにほかならないから、この手形が利用されて被融通者以外の第三者の取得するところとなつた場合においては、振出人においてすでに融通手形を振出した所期の目的を達したものであつて、右第三者が当該手形の融通手形であることを知つていたか否かにかかわらず、もはや融通手形であることを理由にその支払を拒否しえないものといわなければならない。のみならず、本件全証拠によるも原告時岡において被告を害することを知つて、同原告主張の本件各手形を取得したものと認めることはできない。それ故被告の右抗弁は採用する由がない。

(五)  以上のとおりであるから

(a) 原告時岡の第一次請求については、結局前記Dの3において説示したところにより、被告において同原告主張の本件各手形につき振出人としての責を負うべく、右各手形金合計金二四五万円及び右各手形金員につき各満期から右各支払ずみに至るまで手形法所定年六分の割合による法定利息を支払うべきものといわなければならない。同原告の第一次は理由がある。しかして

(b) 原告青山らの第一次請求については、同原告らの主張事実のみを以てはその請求を認容するに足らないことは前に説明したところ((一)(b)、(二)(b)(三)のA-(b)及び2、B、C、E3)より明かであつて、被告その余の抗弁につき判断するまでもなく、失当というほかはない。

二、原告青山らの第二次請求の当否

(一)  原告青山らは、まず第一次にその主張する本件各手形につき、手形金とこれに対する法定利息の支払を求めるが、被告は、右各手形はすべて訴外生駒の偽造にかかるものであると主張する。そこで右原告らは、第二次に本件各手形が右生駒の偽造にかかるものであることを前提として損害賠償金の支払を求めるのである。それ故右原告らの第二次請求に関する限り 本件各手形が偽造であるという点については、右原告らと被告との間において、裁判上の自白が成立するものというべく裁判所は右自白に拘束される。

(二)  よつて判断をすすめるに、

1 偽造手形を取得しても、その取得者は、当該手形の被偽造者に対して手形金の支払を請求することを得ないわけであるから、若し手形取得者において、かかる偽造手形の取得に際し、対価を支出したときは、その対価はとりもなおさずその支出者すなわち手形取得者の損失となるのであり、たとい本件の如く、偽造手形に裏書人があるため、当該裏書人に対し取得者が権利を行使しうる場合であつても、現実にその権利を行使して満足を得た場合は別として、そうでない限り右の損失はなくなるものではない。ところで甲第九号証の一ないし三、甲第一〇号証の一及び二、甲第一一号証の一ないし三、甲第一二号証の各外形と、証人佐川与一、同荒川伊勢(第一、二回)の各証言、原告青山ら各本人尋問の結果を綜合すると、原告小野を除き、原告青山、同西尾、同吉村はいずれも、それぞれその主張にかかる本件各手形をその原告において、同業者その他の第三者から依頼を受けてこれを割引取得し、その際右の割引依頼者に対し、それぞれ少くともその原告主張の各金員を交付した(但し原告青山の主張するBの手形については振出日から支払日までの期間は甲第九号証の二の外形から八六日と認められ、同原告主張の他の手形に準じて計算すれば割引料金は八万八、四〇〇円であり、従つて原告青山が右Bの手形を割引取得するに際し割引依頼者に交付した現金が七一万一、六〇〇円であることは計数上明かであつて、この点に関する同原告の主張は日数計算を誤つたものというべきところ右金額をこえて、同原告主張の金員を右Bの手形割引に際し割引依頼者その他の第三者に交付したことを認めるに足る証拠はない。)ことが認められ、他に以上認定を左右するに足る証拠はない。しかして本件全証拠によるも原告小野がその主張する金員を、その主張する本件各手形を取得するに際し、右手形の譲渡人たる前所持人に対し、割引金名下に支払つた事実を認めることができず、かえつて、証人佐川与一の証言と原告小野本人尋問の結果を綜合すると、右割引金名下に金員を支払つたのは訴外佐川与一であつて同原告は、その主張する本件各手形を取得するにも何ら金員を支出していない(従つてその主張する如き損害もない。)ものであることが認められる。

2 そうして本件においては、訴外生駒が原告青山ら主張の本件各手形を偽造したことは、同原告らと被告との間において争いがない。従つて、たとえ右生駒において振出権限を有するものと自ら信じ、ためにその振出した手形の取得者の利益を害すべき意思があつたものとはいえず、また権利侵害となるべき事実(すなわち偽造手形の振出)を認識していたということもできないとしても、元来手形は流通証券であり、しかも通常手形は支払手段として利用されるものであるから、特段の事情がない限り、不特定の第三者の入手するであろうこと、ならびにその入手に当つて対価が支払われるであろうことはいずれもこれを振出人において認識している道理である(本件においては、前認定のように訴外生駒はもともと本件各手形を街の金融業者の手で割引かせ金融を得んがため、これを振出したものであるから、その振出にかかる本件各手形を割引により対価を支払つて第三者が取得するに至ることは当然これを知つていたものと認められる)が故に、少くとも取得者において支払を受けられず、そのためその取得者がその支払つた対価相当額を振出人より実質的に回収できない結果とならないよう、自己の振出権限の有無について当然用うべき注意義務に反したことは疑いがない。

3 本件は訴外生駒において、右注意義務に反し偽造手形を振出したことにより、原告青山ら(原告小野を除く)の各割引依頼人に交付した前記割引金相当額が被告から実質的に回収できないこととなつたこと右原告らの各第一次請求につき判断したとおりであるから、右各割引金相当額は右生駒の手形偽造行為と相当因果関係にある、右原告らのこうむつた損害であるといわなければならない。

4 なお、被告は、手形偽造の場合における民法第七〇九条の因果関係は、右偽造手形の交付を受けた直接の相手方のこうむつた損害に限るを相当とし、右相手方から譲り受けた第三者、たとえば前記原告らがこうむつた損害の如きは相当因果関係の外にある旨主張するけれども、手形は流通証券であるから、一度振出行為が完成された後は、不特定の第三者の手中に帰するのが、その性質上通常のことであり、先にも説明した如く、このことは当然振出の際に振出人が予見し、若しくは予見しうべかりしものといわねばならないから、右の第三者の当該偽造手形取得に当つて支出した対価相当額を以て、手形偽造者の偽造行為と相当因果関係の範囲内にある損害と解しても、何ら公平の観念に反するものではない。

5 そうして前記の如く右生駒は訴外日坩商事大阪支店勤務の同社社員ではあつたが、右訴外会社は被告の子会社として設立されたもので、あたかも被告の販売部門の如き関係にあり、被告の役員その他の幹部は、同時に右日坩商事の役員若しくは幹部を兼務していたこと、また被告大阪事務所長たる前記伊藤も訴外会社の大阪支店長、同経理課長を兼務していたが、被告大阪事務所には同人の外に一名の職員もおらなかつたところから、同所の事務処理は事実上、右訴訟会社大阪支店の社員をして随時補助処理させており、右生駒もかかる関係のもとに被告大阪事務所における同所事務処理上の補助者として、右伊藤ないしは前記被告経理部長中島保から指揮命令を受けて「被告大阪事務所長伊藤友武」「被告経理部長中島保」の各名義を以てする被告の手形作成あるいは振出ならびに被告のための金融事務等を担当していたのであつて、被告もこのことは充分承知していたことが認められるのであるから、右生駒は形式的身分はともかく、実質上は被告の被用者であるといわねばならず、手形の振出の如きは客観的にこれを見れば、被告の事業の一部をなすもの(少くとも被告の事業の執行を助長するため、これと牽連して拡張せられた活動範囲内にある行為である)と認めるのが相当である。されば右生駒の前記各名義による手形偽造行為もまた被告の事業の執行につきなされたものというべく、これにより右生駒は前記原告らに対し、前記認定の手形割引金相当額の損害を加えたものといわなければならない。

(三)  よつて被告の、選任監督に過失なき旨の抗弁につき考えるに、被告の全立証その他本件全証拠によるも、右主張を肯定するに足る事実を認めることができないから、右主張は失当である。

(四)  そこで被告の消滅時効援用の抗弁について考える。被告はまず民法第七二四条における消滅時効の起算点につき、本件の場合にあつては、昭和二八年四月五日に前記生駒が手形偽造行為をした旨新聞広告等によつて一般に周知させ原告らもこれを知つたのであるから、右の翌日を以て起算点とすべきであると主張する。按ずるに民法第七二四条は消滅時効の起算点に関する民法第一六六条第一項の特則であり、同条が右起算点を確定するについて権利を行使することを得る時という客観的な立場をとるのに対し、同第七二四条は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つた時という主観的な立場をとるものといえる。すなわち消滅時効制度は、ある権利が存在するのに権利者がこれを行使することなく一定期間経過したという事実に対し、右権利の消滅という法律効果を与えようとするものであり、それは主として、権利の上に眠れるものは保護に価しないという思想と、時日の経過とともに権利の存在を証明すべき証拠が次第に滅失するという事実を基礎としてなりたつものである。それ故前記一定期間経過の起算点を考えるにあたつても、前者を重視すれば権利が存在するのにこれに気付かないもの、その存在する権利が自己の権利であることに気付かないものは必ずしも権利の上に眠つているというわけではないから、権利者が自ら権利を有する事実を知つたときをもつて起算点とすべきであり、後者を重視すれば右にかかわりなく、客観的に存在する権利を行使しうるときをもつて起算点とすべきであろう。民法第一六六条第一項は右後者の立場を採用したのに対し、同第七二四条は、右両者の立場を折衷し、且損害賠償請求権が債権であることを考慮し、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つた時から、起算すべきものとし、他方時効完成までの期間を三ケ年に短縮したものと解せられる。そこで右に被害者又は其の法定代理人が損害及び加害者を知つたときは、加害者の違法行為により損害をこうむつたことならびにその損害賠償請求をなすべき相手方を知つたときと解すべきであり、更に右の知つたときは要するに一般人であれば損害賠償請求権を行使するか否かの態度を決し、且そのための証拠その他の資料を蒐集する等の措置に着手することができる程度に事実に対する認識を得れば足りるものと解すべく、本件においては、被告が新聞等にその主張のような内容の広告をしたからといつて必ずしも原告らが前記民法第七二四条にいう事実を知つたものということはできずまた本件全証拠によるも原告らが被告主張のときに右事実を知つたことを認めえない。しかしながら右の事実を知つたといわんがためには本訴において前記生駒が前記原告ら主張の本件各手形を偽造した旨の主張がなされたことを以ては足りないが他方必ずしも右原告らにおいて前記生駒の手形偽造行為を現認するを要しないことは勿論、その行為の存否について紛争を生じ訴訟事件となつている場合においても、その紛争に関する裁判所の終局的判断によつてその存在が認められることまでも要するものではなく、被告が前記主張をなすとともに、これを具体的に立証しようとする態度に出たことを右原告らにおいて知るを以て足るものと解するのが相当である。蓋し、被告が単に右原告ら各主張の本件各手形が訴外生駒の偽造である旨を主張しただけでは未だ、その主張は右原告らと対立的立場にある被告の一方的陳述に止まるけれども、右主張を裏付ける可能性のある事実が他に存在するとき、例えば被告が右主張を具体的に立証しようとする態度に出るときは、すでに右主張は一応の根拠に基いてなされているものと推測されるのであつて、かかる上は右原告らにおいても、被告の右主張が真実であつた場合のことを考え、これに対応して損害賠償請求権行使の態度を決し、それに必要な措置に着手すべく、またそうするのが一般人のなすべきところであろうからである。そうだとすれば、本件において右原告らの主張する損害賠償請求権に関する民法第七二四条の消滅時効は、本件口頭弁論で被告の昭和三〇年一〇月二六日付証拠説明書が陳述された日の翌日である同月二七日から起算されなければならない。しかるところ本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告青山らは昭和三一年七月上旬(原告青山らの予備的請求は昭和三一年七月五日付準備書面を以てなされこれの陳述は昭和三四年四月二七日までなされていないが、被告の昭和三一年七月一〇日付準備書面は明に原告準備書面の送達を受けた上でのものと認められるので同日までに右書面は被告に送達されたと認める)右の損害賠償請求権を本訴において請求行使していることが認められる。してみればいまだ時効は完成せず被告の抗弁は失当といわねばならない。

第三結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求中第一次請求は、原告時岡の請求を正当として認容し、その余の原告らの請求をいずれも失当として棄却すべく、第二次請求は、原告時岡の請求に対する判断を省略し、原告小野の請求を失当として棄却し、原告青山、同西尾、同吉村の請求中、被告に対し損害金として、金八〇万三、二八〇円の支払を求める原告西尾の請求及び金五九万五、九二〇円の支払を求める原告吉村の請求をそれぞれ正当として認容し、原告青山の請求は金一七九万六、五五〇円の支払を求める限度において、これを正当として認容し、その余の部分を失当として棄却すべく、訴訟費用は民事訴訟法第八九条第九二条第九三条により主文のとおりこれを負担させることとし、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 常安政夫 仙田富士夫)

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